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96交通権レポート第3回

『災害に負けないともに生きる街を』

『交通権を考える連絡協議会』の秋の講演会のレポートの続きです。横須賀さんに続いて登場した中内さんの講演のレジュメです。

テーマ:「災害時における障害者の緊急対策を願って」
    −阪神・淡路大震災時の障害者支援活動を通じて−
講 師:中内 福成

1. 大阪における支援活動経過
  ・震災発生→1月17日午前5時45分
  @大阪合同本部の設置→1月19日
    構成団体=大阪障害者作業所連絡会、障害児を守る全大阪連絡協議会
  A神戸支援センターの設置→1月22日
    共同作業所全国連絡会、全国社会福祉協議会、全国授産施設協議会1.
 
2. 支援センターの目的と活動内容
  @被災地の調査と実態把握→現地住民の心情と早期対応の困難さ
  A救援物資等の物流要請→(資料7〜8p)
  Bボランティア派遣→延べ3384人、登録ボランティア436人
            宿舎と専門性、日程調整(資料4p)
  C電話等の個別相談活動→電話・訪問(約500件)(資料別紙1)
  D各種情報の収集と発信→日報(3月20日まで39号)とファックス通
              信(約100件/日)
  E被災障害者救援のための行政交渉
  F現地センターへの要員・ボランティア派遣の窓口調整
  G義援金の活用→個人激励・作業所復旧費(1万円以上)

3. 支援活動を支えた作業所の役割

4. 被災地における障害者の実態(資料27〜34p)

5. 避難所における障害者の訴えから
  @給食が来ても気づかない→聴覚障害
  Aトイレが使用できない→車椅子利用
  B集団になじめない→知的障害・精神障害
  C医療機関との連絡がとれない→内部障害
  D避難生活における心情→別紙2

6. 家庭で孤立している障害者
  @移動
  A集団生活の困難
  B社会的認知の問題

7. 小規模作業所の実態(資料5p)
  @公的資金から切り離される無認可作業所
  A復興活動の困難さ

8. 支援活動を通してみる大阪の障害者運動
  @組織と日常活動の大切さ
   作業所連絡会の組織と障連協の事務局体制
  A拠点としての機能を担った大阪障害者センター
  B地域を越えた障害者の共同意識(共感)が支援活動の原動力
  C他地域からの支援活動の限界

9. これからの運動的課題
  @障害者の基本的人権を守るという原点を大切にした運動の発展を
  A緊急時の「救援対策」の中に障害者独自の「救援施策」を制度化する
   こと
  B障害者や独居高齢者の調査活動を「救援施策」に明記すること
  C障害者団体の日常活動(相談活動等)と共同行動を大切にした運動を
  D日頃の近所づきあいを大切にすること
  E地域を単位とした連絡網等の日常的活用
  F団体等に加入していない障害者を視野に入れた活動の視点を大切に

<資料>別紙1
報告・阪神大震災
震災がもたらした生活の危機的状況の実態
      ━━━ 「合同対策本部」の相談・調査内容から
                     池添 素・河相善雄・浜岡政好

【二重の困難を背負った障害者】
 震災直後はマスコミの報道にもあまり取り上げられなかった障害者の被災状況は、日を追うごとに浮きぼりにされてきました。そこで明らかになってきたことは、日頃の困難がもっと拡大された形で現れたことでした。
 普段から、子どもたち、お年寄り、そして障害者など「社会的弱者」と言われている人びとに対して特別な手だてが必要とされているにも関わらず、ひとだび今回のような大災害のもとでは「災害弱者」として二重の困難を背負うことになる厳しい現実を目のあたりにしました。このことは、日本の社会がまだまだ「弱くて、もろい」社会であることをあらためて教えてくれたのです。
 しかし一方で、急を要するその対策は行政の対応を待っていることができないものばかりで、ボランティアや民間の組織が自主的に援助をはじめました。共同作業所全国連絡会など三つの団体で構成する「障害者支援センター」(現地センター)や、大阪障害者センターのなかに「兵庫県南部地震障害者支援センター合同対策本部」(合同対策本部)が設置され、障害者の救援・相談活動のとりくみは被災直後からいち早く開始されました。
 ここでの当初の目的は、約160カ所を数える無認可小規模作業所や障害者施設の被害状況をつかむこと、利用者・職員・家族の安否確認、救援物資配布活動でしたが、問題はとどまるところをしらず、多くの障害者や家族の救援の窓口として幅広い救援活動へと展開されたのでした。その背景には、あまりにも遅い行政の対応があげられるでしょう。それだけに、障害者や家族にとって心強い「現地センター」「合同対策本部」であったことは想像できます。
 ここでは、「合同対策本部」で把握された相談・調査内容を中心に分析・整理を行い、障害者が直面した問題を明らかにしていきたいと考えます。
 寄せられた救援や相談の内容は、多くのボランティアが一軒、一軒訪問し、じかに「困っていること」や救援してほしいことを聞き取り調査したもでや,電話にて救援を申し込まれたものです。混乱していた時期でもあり、記録が十分でなかったり記載漏れがあるなど、データとしてはすべてを網羅したものではありませんが、分析可能な242件を中心に整理を行いました。期間は、被災後1週間目から2月の中頃までの間に対応した内容です。

【こちらから足を運ぶ】
 相談は、安否確認(8件)、住宅相談(18件)派遣要請(108件)と分類できます。このうち「調査報告」は、状況を聞き取り、要望の把握もあわせて行ったものです。調査の報告内容についてはこちらから出向いたものであり、積極的な相談内容はあまり含まれていません。しかし、「在宅の障害者がいるが、いくら話しても応じてくれない」「ボランティアに対しての不信が強く、どれだけの責任と対応ができるのかといわれた」「かなりショックを受けており,人と会うことを拒否している」など、緊張感の度合いの大きさを伝えています。
 また、避難所生活では「プライバシーがほしい」「障害者の精神的な支えがほしい」「聴覚障害があるので筆談のみで生活している」「内部障害で食事制限が必要。病院から入院を拒否されて困り果てて市民会館にいるがとりあえず生活できる家に住みたい」など、精神的不安定や生活・住居などの先行きの不安を訴える内容が多くみられます。
 このことから、さしせまった事柄の相談のために自分から訪れたケースのみを対象にした活動にとどまらず、精神的・心理的ケアの面からも、潜在的なニーズをくみとるという視点からも、こちらから出向き、状況の把握や要望を聞き取る必要が認められます。また「誰かに話しをする」ということだけでも対象者にとってはストレスの軽減につながり、大きな支えとなったのではないかと考えられます。
 相談内容の分類から傾向を探ると、震災後一週間ごろまでは安否確認が含まれますが、徐々に物資提供、住宅相談、派遣要請が中心となってきます。その後は福祉相談が増加し、2月に入ってからは仮設住宅や近隣の受け入れの情報が得られた成果か、住宅相談はほとんどなくなっています。

【切実な“トイレ”と“お風呂”】
 障害種別と相談内容から整理してみると、肢体障害(重度、重複を含む)99件、聴覚障害25件、知的障害24件、視覚障害15件、内部障害9件、精神障害7件、老人7件、言語障害2件、てんかん1件、難病1件、となっています。ここでは数々の困難と切実な要求が生々しく記載されています。
 「右耳聞こえない。左足義足。かたいものが食べられない。エレベーターが使用不能なので階段を使うが苦痛。病院へも行けない」(86歳・男性)、「小学校に避難。障害者は2階のトイレを使わせてほしい」(肢体障害・女性)な、障害症状からくる利便性の不都合があります。
 「大きな所で生活しているのでストレスがたまる。調査員の人が何回も来てうんざり」(70歳・女性)と、見通しがもてず、調査の対象にされやすい避難所での生活へのいらだちや「夫、片手マヒ。妻、車椅子。母85、現在リハビリセンターに入っているが、3人がバラバラにされそうで不安。入居できる家を探してほしい」(肢体障害60歳・男性)といった支援態勢の対応のまずさへの不安が指摘されているものもあります。
 調査報告に限らず、不安感を訴えるケースは多くあります。たとえば「家が傾いていて避難の必要があるが、離れる決心がつかない」という視覚障害者の場合や、それまでの日常生活とかけ離れた状況での不安感をはじめ、病気、投薬の継続、精神面や生活の見通しなど、混乱の中で困惑しきっているようすが語られています。特に、生存に関わる病気では30件の訴えがありました。住居の全半壊などで新たに住む場所の確保を迫られているケースは45件ありました。
 個別の生活場面では「風呂」と「トイレ」に集中しています。24件あった「トイレ」については、仮設トイレが設置されていても障害によっては利用できないことがあげられていました。また、ぜんそく発作のある人は、「玄関にポータブルトイレを置いたが囲いもなく寒い。せめて囲いがほしい」と訴えています。トイレ移動の介助が必要な肢体障害者は「排泄が気になり、ほとんど食べていない。腎臓摘出のため健康に不安をもっている」と語っています。寝たきりで介助が必要な場合いは、おむつを余儀なくされているケースもありました。「肢体障害と心臓病のため、冷える所へは出られない」と、避難所生活ではシビンを使用せざるをえない精神的苦痛を訴えるケースもありました。
 「風呂・入浴」に関しては、29件ありました。母子家庭で息子が知的障害をもっている母親は「水を運んでいるが体調が悪く困難。手伝ってくれるボランティアの派遣がないと、お風呂も入れない。現在支援がない」と訴えています。肢体障害者の場合、銭湯など公衆浴場での入浴が提供されても利用は難しく,「風呂、洗濯に困っている。大きなお風呂には入れないので、家庭で入れてもらえればありがたいのだが」(女性)、「本人下肢障害と高齢のため風呂に行けない。送迎と入浴介助を望む」(男性)などの派遣要請がありました。「幻覚や幻聴がある。着替えが必要、風呂が遠くて行けない」(精神障害者)と、介助だけでは解決できない問題も出されています。

【震災以前から弱い日常生活基盤】
 相談ケースの内容からは、とうてい数字では整理しきれないものが含まれています。あたりまえのことですがせっぱ詰まった要求であることもよみとることができます。そのようなひとつひとつに、なんとか対応しようと相談・調査員は必死の努力を続けました。
 しかし、日本の社会保障や社会福祉の現状の下で、大震災が突きつけた深刻な課題に対して、十分に対応できなかったかもしれません。そこで、今回寄せられた被災障害者の相談内容が意味するものを、社会保障や社会福祉との関連であらためて考えてみたいと思います。ケース内容からうかがえることは、全般的に震災以前の生活においても障害者の日常生活基盤が弱かったであろうということです。

●人的ネットワークの薄さ
 第一に、家族以外の人的なネットワークの層の薄さ(家族の全面的な支えによって、かろうじで生活している・・)が、震災によってさらに障害者を孤立状況へと追い込んでいます。障害者の場合にはもともとコミュニケーションの困難を抱えている場合が少なくありませんが震災によってそれはさらに強められています。その結果、自分たちの危機的状況を外部に伝達できない、または、生活に必要な情報を入手できない、などの深刻な状況になっています。
 先にあげた震災直後の「調査報告」に見られる強い不安と不信は、障害者が孤立化し、コミュニケーションの危機的状況に置かれたことを如実に示しています。だからかこちらから出向いて障害者の状況を直接把握し、かつ障害者とコミュニケーションした活動は、孤立状況を軽減することに一定の役割を果たしました。

●生活環境の著しい遅れ
 第二に,生活基盤の弱さは人的ネットワークだけにつきるものではありません。生活環境の著しい遅れは震災後の障害者の生活を決定的な危機に追い込んでいます。
 たとえば、トイレと風呂に関する困難が集中的に出てきています。これは何を意味するでしょうか。震災以前、こうした生活行動は障害者のハンディキャップの状態に応じて対処できるように改善された自宅か、または福祉施設でなされていたに違いありません。障害者の生活空間はわずかに数少ない点として確保されていたに過ぎなかったのです。今回のように、その数少ない生活可能な点が破壊されたり、点と点をつなぐアクセスが機能しなくなると、たちまち最も基本的な生理的欲求すらみたせなくなるというわけです。

●バリアフリーの範囲を大規模に拡大する
 第三に、地域生活環境の整備によってバリアフリーの範囲を大規模に拡大する課題がでてきます。まさに復興の中心はここにすえられるべきなのです。障害者が利用できるトイレや風呂などが、今回避難所になった公共施設をはじめとして地域内に多数整備されるなら、障害者の自由な活動空間を拡充することが可能になるだけでなく、高齢者や子どもたちにとっても生活の自由度を広げることになります。
 これは、トイレや風呂だけの問題ではありません。今回避難所には小中学校が使用されることが多かったのですが、養護学校などを除いてエレベーターが設置されているところはほとんどありません。もともとハンディキャップの存在を意識して設計していないからです。震災を機に地域生活環境を改善し、障害者などの活動空間を拡大することで、地域社会における人的ネットワークの形成やその濃密化の前提条件をつくりだすことになるのです。

●プライバシー問題への配慮
 第四に、プライバシー問題への配慮が重要な課題として浮き彫りになっています。これは人間の尊厳に関わるきわめて重要な事柄であるにも関わらず、これまでの社会福祉においてあまり配慮せれてきませんでした。老人ホームなどの滞在型施設においても、トイレや入浴だけでなく生活全般にわたってプライバシーが確保されるような発想でつくられていません。これまでの福祉サービスはプライバシーを放棄したところで成立しているところがあります。そうしたプライバシー放棄の発想は、今回の避難所生活においても冷徹に貫徹しているといってもよいでしょう。

●無内容なボランティア礼賛への危惧
 第五に、今回の震災ではボランティアの活躍がおおいに注目されました。行政の対応が遅れる中、あらゆる面で被災者を支え、はげまし、大きく活躍したのはボランティアの人たちでした。この障害者支援の活動も多くのボランティアによって支えられました。しかし、ボランティアへの感謝がある一方で、不信や批判がないわけではありません。障害者が求めていたのは、やはり自分たちのことをよく理解した上で援助してくれる訓練された専門家であったように思います。障害者との日常的なコンタクトを維持しながら、いざというときにも十分機能できるだけの分厚い福祉の専門家集団の形成こそが切実に求められているのです。震災後の論議が、専門的な福祉労働者の飛躍的拡充ではなく、無内容なボランティア礼賛論にすりかえられようとしていることに危惧の念を覚えます。
 いずれにしても、今回の震災によって障害者にもたらされた生活の危機的状況は、日本の社会保障や社会福祉の貧困状態をあらためて明るみにだしました。
 そして、日常的な生活における条件整備が結局は非常時における困難を少なくする途でもあることが再確認されたように思います。
 障害者が安心して自由に暮らせるような地域社会にすることは、同時にその地域がそこで生活するすべての人びとにとっても安全で自由な街になることなのです。今回の相談・調査内容は、普段からの福祉のまちづくりの大切さに気づかさせてくれたように思います。

    (阪神・淡路大震災に関する障害者と家族の成果t実態調査委員会)
*本稿は「みんなのねがい」1995年8月号(No.328)に掲載されたものに
 加筆修正したものである。

(図1)時間的経過に伴う相談件数の推移
 (グラフ)省略
(図2)相談ケースの分類
 (グラフ)省略
(別紙2)避難所生活と高齢者(聞き取り調査)
 (新聞記事(紙名は不明)の切り抜きコピー)省略



 以上です。今回は講演内容の録音要約をお届けできなかったのですが、それでもこれだけのボリュームになってしまいました。レジュメと同時に詳しい資料集も配られましたが、もしご希望の方がいまし たらコピーして差し上げますのでどうぞメールでも下さい。


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