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交通権を考える連絡協議会

会報第1号

(1992年10月1日発行)
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(1ページ)

私と交通

交通権を考える連絡協議会
曽我会長 会長  曽我 則明

 交通権の考え方として、私たちの社会は様々な人々により構成され、そして誰もが社会の一員であることを意識しないで参加している。今、移動を通じての社会を見ると、私はとても社会の一員として意識しないでは生きていけない。それほど交通については生存権にかかわってくる。

 つまり、人間として社会の一員としての活動をし、家庭以外の人々と相互の意志の交流をすることにより、私の自己の発達を保障していくことになります。今では、「衣、食、住、交」という言葉をよく聞きます。普通の人々は何気なく使用しいる全ての乗り物は、私にとっては、それを努力して獲得しなけれはならないのです。

 冬になればもう最悪です。7〜8メートルも積もる雪、気温は零下の「冬日」が何日も続きます。私の移動は極めてというか全く機能しなくなります。

 私は今、西区にいます。よく地下鉄を使います.東西線の西の最後の駅は琴似です。以前は駅員さんの窓口まで行き、20メートル以上も離れている入り口まできてもらい初めて改札口を開けてもらい、「どうもありがとう」とかいってホームに行く。何で行く先々の駅でお礼を言わなければならないんだ。と思うが、つい言わさってしまう。「まあーこれも私の個性だろう」といっているある日、駅員さんが「こんど案内窓口の前の所に車いすで通れるスペースを作ったので使用してください」と告げられ、それ以来私は、そこを通るときはパスを見せるだけで通過する.少し一般の人並になれた気持ちであります。

 自分たちの地域の中で、私達移動制約者にとっては、皆で努力していく町づくりの運動をすすめる中で、少しでも札幌市の交通を私たちの利用しやすい、そして安い価格運賃で移動できるよう私たちの運動の中で変えていかなければならない。



障害者が安心して利用できる交通機関は
すべての障害者の立場に立った運動から

交通権を考える連絡協議会
事務局長 宮下 高

 交通権を考える連絡協議会が設立され、障害者問題がなかなか進まない現実に政府や地方自治体の怠慢を批判しつつも、「これを進めるのはやはり障害者の団結の力以外にはない」と日頃から思っていた私にとって連絡協議会の結成は非常に意義あることだと思っています。しかし、このような連絡協議会は全国的にも珍しいという話し聞き、異なる障害者団体が協力しあう難しさも感じており、事務局長という大役を受けたことに今更ながら責任を痛感する毎日ですが、障害者など移動制約者か安心して利用でき交通機関を作るにはこの運動を推し進めていくしか方法がないわけですから、力不足ではありますが自分の力を100パーセント発揮して会員、障害者の皆さんと運動を盛り上げていきたいと思います。

 国際障害者年が始まり今年で12年目、最終年度になります。障害者運動や障害者自身の努力により、公共施設の改善や障害者の社会参加が多少多くはなりましたが、まだまだ多くの障害者は健常者中心の社会から取り残されているのか現実です。その中の一つとして、交通権の問題があります。先日、千歳新空港ターミナルの見学会か行われましたが、一見、立派にみえる建物も、障害者が利用するという観点から見るとまだ多くの不便が目につきます。

 国際空港ターミナルにはエレベーターがない、点字ブロックがない、トイレが使いづらい、手話通訳者がいないなど人間か施設を利用するときの基本的なものか、欠落しているのです。なぜ、このようになるのかと言いますとどうも障害者の意見を聞かないで進めているようで、「公共ターミナルにおける身体障害者施設整備ガイドライン」と言うのを運輸省で出していますが、これは拘束力のないマニュアル的なものです。このガイドラインに基づいて設計図を作り、後に知識人の意見を伺い工事に掛かるというスケジュールで進められ、直接障害者の意見を聞く場はなく、あったとしても形式的なものだろうと思います。これには確証はありませんが、多分当たらずとも遠からずではないでしょうか。

 私が日頃思っていることのひとつに、使いづらい施設は健常者には許されないで、障害者にはなぜ許されるのかということです。もし、障害者の使いづらい施設の状態を健常者に置き換えて、今の新空港に当てはめたらどうなるか。「二階に行くのに階段がない」「真っ暗で何もみえない」「言葉の通じない受け付けカウンター」もし、このような空港であったなら、「こんな使いづらい空港をなぜ作ったのか」とすごい非難が起きるだろうし、まず、そのようなものは最初から作らないはずです。これは、障害者と健常者の問題だけではなく、一部の障害者だけでこの運動を進めると障害者と障害者の問題になりかねません。交通権を考える連絡協議会の運動はこのことを常に頭に入れながら進めていきたいものです。



(2ページ)

総会が開かれ、
『交通権を考える連絡協議会』
         正式発足

約200名の参加、講演、シンポジュウムも同時開催

 去る7月12日、札幌地区センターにおいて「交通権を考える連絡協議会」の総会が開催され、そのなかで規約、役員、事業計画など主だったことが決定されました。

 また総会が終了後、障害を持つ人などの交通権をめぐっての講演会とシンポジウムが開催されました。その一部をここに要約、抜粋して紹介します。

※発足までの経過について
 1991年1月25日、JR北海道への要望書提出。
 ひまわり号を走らせる札幌実行委員会、アメリカ障害者法講演会実行委員会世話人会、障害者カレジャス・アクション・グループの3団体で、札幌・千歳空港駅間の各駅と、建設中の新千歳空港駅などに対する改善を求めた「要望書」をJR北海道本社に提出。

 席上、JR側は「団体一つ一つの要望に耳を傾けていてはキリがない。したがって回答もださない」旨の発言がありました。申し入れ3団体でより広い範囲で交通に関する連絡組織を作る取り組みをすすめたらということになる。

 1992年2月22日、第一回打ち合わせ。11名が参加。
 以後、役員会、事務局(仮)で4回の打ち合わせ。
 5月12日 記者会見
 札幌市役所の市政記者室にて「記者発表」曽我代表をはじめ5名が参加し、新聞、テレビなど7〜8社に対して取り組みの経過と趣旨について説明し、協力を要請。
 5月15日 事務局会議。
 5月22日 新千歳空港駅の見学会に参加。
 JR北海道の参加数制限で、車椅子使用者と視力障害者、道の障害福祉課、介助者2名の参加。
 5月31日 交通権を考える連絡協議会準備会発会式
                     (かでる2・7)
       200名の参加で事実上の本会スタート
 6月14日 新千歳空港ターミナル見学会(94名参加)
 6月26日 栃木県社会福祉協議会の北海道取材会議で移動ベッドで来道された酒井憲義さんと交流。
 7月12日 第l回総会
 9月26日 第2回千歳新空港点検

(※総会での決定事項のうちスペースの都合上、第1号)
( では選出された役員のみ紹介させていただきます。)


役     員

会長
  曽我 則明(アメリカー障害者法講演会実行委員会世話人会)
副会長
  後藤 昌男(ひまわり号を走らせる札幌実行委員会)
  我妻  武(メビウス)
事務局長
  官下  高(障害者ガレヂャス・アクション・グループ)
事務局次長
  三島 春光(ひまわり号を走らせる札幌実行委員会)
  高橋 由和(障害者法講演会実行委員会)
会計
  相馬 正明(札幌いちご会)
会計監査
  川島  守(ウェルフェア・システム)
  高橋  雅子(アメリカ障害者法講演会実行委員会世話人会



『講演とシンポジュウムから』

講演:全国アクセス・ネットワークガイドの活動を通じて」

障害者の生活保障要求する連絡協議会

代表 三沢 了 氏

障害者をめぐる交通状況
 障害者の交通問題は、20年ほど前から街づくり運動、生活圏拡大運動として障害者の意識を外に向けてきました。

 自立生活、ノーマライゼーション、社会への完全参加の為には、自由な移動手段の獲得が必須の条件です。比較的軽い障害の人たちの交通権の確立から、もっと重度の障害者、例えば電動車椅子使用者、コミュニケーションに障害を持つ脳性麻痺者などの移動の自由を要求するところへと運動の重点が移っているのが一つの特長です。

 もう一つは、特殊・専用化の拒否。つまり障害者専用エレベーターとかトイレなどはいやだということです誰でも自由にえる工レベーター。一般の人と同じ場所にある車椅子用のトイレ。一般的、メインストリームの中で動き回りたい。といった声を上げつつあるのです。

特殊・専用化への反対
 しかし、交通事業者や交通行政当局者などは、まだまだ障害者対策として特殊・専用化ししようとする傾向が強い。それに対してそれを拒否する障害者の動きとがせめぎあっている段階だろうと思います。

 我々の声がもっと大きくなっていけば、このこの先5年、10年、15年と経つうちに実現すると期待しています。

 現在の交通状況で、東京などの大都市に限らず、鉄道、特にJRの駅舎が未整備で階段がおおく、私は毎日お茶の水まて通っているが、毎日駅員さんや他の乗客に担ぎ上げ降ろし、してもらっている。障害者の「担ぎ上げてもらうのはいやだ」という思い。あるいは駅員さんのラッシュ時には来てほしくないという思い。これらがトラブルを起こしたりすることもある。

 1981年の国際障害者年を契機に、’80〜’82年頃、完全参加と平等の為に駅舎の改善運動が起きたが、その取り組みは不完全だった。スロープなとで改札口までは行けたが、改札口からホームまでは人力に頼っている等の状況で、中途半瑞な改善だった。各地、各団体の単発的な運動では弱い、統一的な運動にして行こうという動きがここ5年ほど前から特に肢体不自由者の団体から出てきた。

障害をもつ人の運動
 1988年東京で開かれだ「リハビリテーションーインターナショナル国際会議」を機に、「R・Iを機に行動する障害者委員会」を結成し、全国に呼び掛けました。外圧も利用しようということで、外国からの参加者50名ほどにもさんかしてもらってデモ行進をしたりし、毎年行ってきましたが、咋年からは全国各地で「交通問題に取り組む実行委員会」を結成し、地域で集まって同時多発的な統一行動を行うようにしました。(91年12月8、9日)

 これは、全国各地で同じ問題で統一行動を取ることによって、マスコミなどに取り上げてもらい。交通権のの問題をこのまま放置していることは間違っているという認識・世論を構築することが必要であると考かたからです。

 今年も10月11日、12日に統一行動を予定していて、すでに全国実行委員会を結成し、各地に実行委員会結成の呼び掛けを行っています。

運動の成果
 こうした運動の結果、社会的にさまざまな障害を持つ人達にとって、交通機関が利用しにくい現状にあることを認識させ、さらに運輸省やJR各社を始めとする関係機関に現状改善の必要性を認識させることが出来ました。

 これらのことは、我々の運動ばかりではなく、社会全体の高齢化などによる、移動制約者の増加や、交通機関の整備が進んだことも力になっていると思います。

 JR東日本の「人にやさしい鉄道駅舎検討会」民鉄協の「身障者のためのガイドライン」(整備指針)設定。などの動きが出てきたが、案内点字テープ、エスカレーター、トイレに手すりを設置するとか等は挙げられているが、肝心のエレベーターにはほとんど触れられていない。これは、お金がかかりすぎるということなのですが、今まで怠って来た為てそのツケが回ってきたということですから今後そのツケを払うためにも、もっとお金をかけていく必要があるのではないでしょうか。

 運輪省の政策審議局のなかに、消貴者行政課が設置され、エスカレーターだけではなくエレベーターの設置も、義務づけるまでは行かなくてもある程度強制できる指針を、検討する位の所までは来ています。

「交通権」連絡協議会に期待
 これらの動きを加速したり、望ましい形に導くには当事者の運動が是非とも必要です。もしそのようなづが運動がなかったら、動きが鈍ったり、望ましくない方向へ形がいびつになったりする恐れがあると思います。

 「交通権を考える連絡協議会協」という組織は全国で一番きちんとした組織ではないかと思います。今年10月の統一行動に大いに期待しています。


(3ページ)

雑  感

札幌いちご会
相馬 正明

 最近気がついたこと、思うこと、考えることなどをいくつか書こうと思うが…。

1.通勤
 今年6月から自立生活を始めて、はや4ヶ月が過ぎようとしているが、今改めて何が大変かと考えてみると、やはり、通勤、のような気がする。
 マンションから事務所までは、私の足で約10分。(普通の人が歩くとその約半分)歩いて通うにはちょぴりしんどく、しかし電話でタクシーに来てもらうには近すぎる距離である。事務所の職員に送迎を頼めば簡単で楽なのだが・・・・。私は、その短い距離をどうやってタクシーに乗っていくかを考えたのである。まず、車を路上でひろい、乗り込む。そしてドアが完全に閉まってから行き先を「大変近くで申し訳ありませんが○○まで・・・・。」と小声で告げる。そしてもうひとつ事務所についたら必ず5百円を出し、「お釣りはいいですよ」と笑顔で車を降りる。最初ほものすごく気まず思いもしたが、今はこれにすっかりなれてしまった。
 これを読んで、「なんて馬鹿なことを」とか、「そこまでして乗らなくても」と、いろいろご意見はおありでしょうが、とにかく、乗車拒否されず、運転手に不快感を与えずいかに楽に通勤するか、そう私なりに真剣に考えたことをちょぴり伝えたかったのである・・・。(もちろん毎日やっているわけではないが・・・。)

2.歩道
 この間、イチゴ会の「自立生活体験室」を利月しに来た道立福祉村の車椅子の男性と買い物に行ったときに感じたことがあるが・・・・。私は、杖をつき片手で彼の車椅子を押して近くのお店ヘ。一人で歩いていくどきには何の気なしに通っていた道も車椅子の人と一緒に歩いてみて今回初めていろいろなことが分かった。まず、歩道と歩道の切れめの傾斜がものすごくあること。上がるときは片手で上げるのに相当のカが必要だったし、下がるときにはものすごく勢いがついて手だけが前に行き足がなかなか着いていかず、思わず車椅子から手を離しそうになったとこが何度もあった。
 また、歩道自体すべて平らではなく、すごくでこぼこで傾斜もたくさんあるということ。押していて、何度となく車椅子が左右に流された。お陰で思わず車道に落ちそうなること2度、電話ボックス、そして歩道上に止まっていた自転車にl度ずつぶつかった。
 普段なら2時間ぐらいな買い物も行き帰りを入れて3時間以上かかった。車椅子に乗っていた彼も、そして私もある意味で、命がけ?だったのかもしれないが、私自身本当にいい経験をさせてもらったと思っている。
 「こんな時、車椅子の人だったらどうするんだろう」など、これからは、自分だけの視点ではなく、自分より重い人の視点にたって、いろんな物を見ていこう。そうしたらまた今までと違ったいろいろな発見ができるのでは…。

3.連帯を密に
 昨年の暮れ頃から、「全国自立生活センター協議会(JIL)」、「全国アクセスネットワーク会議」などが発足し、全国的にネットワーク化や、連帯の動きが見られるようになってきた。「連帯することにより、いろいろな考え方、知識を互いに吸収しあい、個々の団体の更なる進展を図るとともに、“力”そのものを強め、市町村単位だけではなく、国に対して大いに要求をぶつけていこう!」そうした中央の姿勢に私自身ものすごく共感を覚えていたわけだが、そんな中での、今回の「交通権を考える連絡協議会」の発足は大変意味のあるものだと思っている。障害を持つものが地域で力強く生きていくために、いろんなところへ出かけていく際の移動手段の確保がいかに難しいかを私自身も先に書いた体験などから痛切に感じているわけであるが、今後、全国の動きを十分に注目し、時には連動しながら意義ある運動をしていこうではないか!
 これから本当の意味で「ともに生きる社会」、「真のノーマライゼーション」を実現していくためには、個々に団体の活動を十分に大事にしていきながら、いかに連帯を密にしていくかにすぺてがあると思う。



『交通権を考える連絡協議会始動!』

事務局 水島 明

 ひょんな事から、この連絡協議会が発足し、私もその端っこに加えて頂きました。
 思い返せば、この会が発足するに当たっての私にとっての事の起こりは何だったのだろうと考えたりします。 日本は地球儀で見ても、ほんの小さな国なのに、体に障害を持つものにとって今までにいったい幾つの町や村を自由に一人で見て歩けたのだろうか、そしてこの私も、つい最近までは寝台車に乗っての“旅”,などと言う言葉は、死語に近いものだったのです。
 昨年、札幌の「ひまわり号を走らせる会」に参加させていただき、列車で白老町を訪れ、その町の歴史を知ることができたうえ、すっかりと列車移動の楽しさも覚えてしまい、「旅はいいなぁ〜」とつくづく感動したものです。その後の「ひまわり号」初の東京行きにも、運良く参加させてもらえ、みんなで行く寝台列車の楽しみも知ってしまい、そんな中で多くの障害者仲間やボランティアの皆様とも知りあうことが出来たのが、私にとっては何よりの財産であり、このような気持ちを一人でも多くの障害者仲間にも味わってもらいたいと思ったほどです。
 本来、交通機関というものは、いつでも、どこへでも、いかなる者であっても、自由に利用出来てこそ本当の意義があるものとなってくるのです。生れながらに障害を持つ者ももち論ですが、つい昨日まで利用出来た者が、不慮の事故などで障害を持ってしまったとき、もう自由にそれを利用出来ないなんて事は、社会復帰の道を閉ざしているのと同じだと思うのです。やはり何か間違っていると思いませんか。その間違いに気付いた者たちが、先ず声を出していく事が、この社会に生きる者として当然の義務だと思うのでず。その声もある程度集まった声としたときに、今気付いていない人達にも届く可能性はもっと強くなると考えます。
 そうして、交通権を一つの目的として集まったうえに、種々の障害をもつ者がお互いに相手の障害の大変さを知り得ていき、助け合うことも障害者間のノーマライゼーションと思われ、そうした助け合える力こそが社会に対してのノーマライゼーションにつながるものと私は考えます。
 われわれと同じ血の通った人々が造っている今の社会制度に対しても、そうした気持ちが通じないはずがないと思うのです。
 その為には、一つの目的で集まった人達が、今すぐ自分の問題の解決としてばかり訴え行動するのではなく、お互いの身になって考えられる運動というものが必要となってくるでしょう。
 真に他人(ヒト)の問題が先、自分は後という感覚の運動がお互いに出来るようになった時、また障害者問題に留まらずに、来たるべき高齢化社会の為にもと考えることが出来る時、障害者がお互いに抱えている諸問題もひとつ、ひとつ解決していけると考えます。
 例えば、肢体不自由者は視力障害者のことを、視力は聴力を聴力は肢体をといった問題を置き換えて真剣に考え実行できる「愛のサークル運動」のカこそが、社会全体をも動かす力になり得ると私は信じています。
 なぜなら、私たちが最終的に求めているものは、すべての人を対象とした「人にやさしい社会」の構築となる訳ですから、障害者や健常者と分けることがすでに差別の始まりだと思えるのです。
 障害者問題は、当然ながら交通権以上に深刻な問題を多く抱えているのが現状ですが、この交連協がそう言った問題の行き来も出来る、いわゆる諸問題の交通機関の役割をも果たす、幅広い交連協となって行ければいいなぁと私は勝手に、そして本気で考えている今日この頃です。
 人々が宇宙旅行をする時代には、宇宙船の中には当然のことながら車椅子のが何人も何不自由なく乗り込んで、一人旅を楽しんでいる、そんな笑顔を見られるのも決して夢ではない、そんな世の中がやはり素晴らしいじゃあ〜りませんか。



(4ページ)
『私の見た障害者観』

会員 石川 祐治(46才)

 障害者歴(脊髄損傷)4年4ヶ月です。突然の事故で自分の人生は勿論、家族の生活も変わってしまいました。現実を理解するのに相当な時間がかかりました。
 今では仲間・友人も増え、何か自分の出来る事をしようと、積極的に外出するように心掛けております。
 今までの外出は自分の運転でしたが、先日通院している病院の行事で、初めてJRで、新千歳空港へ挑戦してみました。介助して下さる先生方の応援もありまして、初体験で興奮しました。
 一つの問題がありました。車椅子で乗車可能な車種と、あと10センチ広ければ乗れるものとがあり、非常に残念な思いをしました。
 空港はスペースも広く、車椅子の通行は容易ですが、店舖が多く、視界が悪く、エレベーターの位置も複雑で右往左往する始末です。また、障害者にとって不可欠なトイレの話ですが、障害者用のトイレは広さも充分なのに隅の方に手洗台と便器が背中合わせになって車椅子が正面から入っていかないのです。
 一般のトイレのドアがあと10センチ広ければ、特別に障害者のトイレを作る必要もないのにと思う事があります。
 障害者にとって、人の介助は必要不可欠ですが、ある程度の広さがあり、段差がなく、スロープがあれば、自力でできる事が沢山あります。そうなれば、外へ出る人々も増えるのではないかと考えます。


でぎごと・いべんと
9〜11月
市町村網の目キャラパン(全国各地)
主催 実行委員会
      支援 国連・障がい者の10年

最終年記念国民会議
TEL03−3580−3248

10月
  4    第27回北海道特殊教育振興大会(旭川拓銀ビル)
  9    「国連障害者の10年」最終年記念全国会議
             (東京商工会議所東商ホール)
       主催 総理府 障害者対策年推進本部
              TEL03−3585-7389
 11    「平和!ともに生きよう」デモ
        札幌市・道庁前一テレビ塔前
       主催 ともに生きようデモ実行委員会
          TEL512−1419
 14−15 心理リハビリテーションの会 第18回全国大会
                   (グリーンホテル札幌)
       主催 北海道真駒内養護学校内
          TEL581-1838
 18−19 第28回全国身体障害者スポーツ大会(山形県総合運動公園)
       主催 実行委員会 
          TEL0236−30-3090
 24−25 第1回全国ボランティアフェスティバル(明石市民会館)
       主催 全国社会福祉協議会 
          TEL03−3581−4656

11月
    15 3:00PM
       メビウス・フェスティパル92(予定)
       メビウスの会 TEL892−6336
    16 6:30PM 国連障害者の10年 最終年記念事業
       DP1事務局長ヘンリーエンズ氏を迎えての講演会
                (札概市杜会福祉総合センター)
       21世紀の福祉の実現をめざす道民集会実行委員会
                   TEL231−4157
    16 「在宅老人のためのケアシステムづくり」
                 (札幌教育文化会館)
       主催 札幌栄寿会 TEL853−0181
       22-23 全国障害者連絡協議会全国大会  
         主催 全障連
       28-29 第4回自立生活問題全国集会 名古屋
          主催 実行委員会



なんだこれ


B介 出始めとしては上々かな?

C子 形の出来上がってるものじやないからね、まだ。

B介 スタートしたばかりで出来上がっていたら面白くない。

A太郎 まあ始まったばかりだから、最初はこんな感じからでいいんじやない?昨日のゲストも今日の同志。

C子 ゲスト?

A太郎 そうゲスト、みんなゲストだったら料理が出てこない。

C子 旅先の上げ善据え膳大好き。

B介 ここではみんなが台所に立ち寄らねば…

A太郎 「○○○厨房に入るぺからず」なんてことはないからね。
 「生きのいい魚を持ってきたよ」とか「取れたての無農薬野菜は最高だよ」とか、ドンドン台所に出入り出来るといいね。

B介 日頃丹精込めて作っている作物や、活躍している分野の物をドンドン持ち寄って欲しいね。

C子 懐石料理なら任せろという人とか、フランス料理が得意ですのと言う人もいるだろうし、やっぱり餃子にラーメンが一番と言う人もいるかもね。

A太郎 料埋は苦手だけど食ぺることなら負けないとか

B介 包丁研ぐのが趣味の人とか。

A太郎 まあ、そうやって色んな人が色んな材料を台所に持ち寄っ
て料理にかかる。

C子 お鍋やお皿、まな板や包丁の場所が整理されてる台所は使いやすい

B介 材料がドンドン持ち込まれてもちゃんと収納できる大きな冷蔵庫があるといい

C子 いつでもすぐにご馳走が作れるように台所を整えておくのは結構大変なんだよ。

A太郎 いつも新鮮な材料で料理できるように冷蔵庫の中身を把握してなきゃならないね。

C子 冷蔵庫が空っぽであわてたり、賞味期限が切れてたりしないように気をつけないとね。

A太郎 偏食にならないよう栄養バランスに気をつけた材料の吟味もしなければ。

B介 一作目はどんな材料が集まるか楽しみだね。

A太郎 どんな料理人が集まって、どんな料理が出来上がるやら、

C子 台所用品は使い勝手の一番いい所に、いつの間にか定位置が決まっていくもの。必要な物も徐々に揃っていくもの。
 会員の中から抽選で、タクシー(リフト含)無料券1年分がプレゼント。なんてことがあればいいなあ。(M)



『編集後記』

★会報を発行するにあたって、まず問題となったのが「名前」です。会報の名前は何がいいですか〜?名前を募集しております。思いついたら電話を!
★ボランティアや事務局活動にかかわってくださる方も募集しております。
★あなたの体験談や、意見をよせてください。交通のことだけに限らなくてもかまいません。障害を持つ人だけでなくご意見を募集しております。会報は生の意見、情報があってはじめて生きるものと考えております。ぜひよろしく。
★10月11日には、障害を持つ人が中心となって準備を進めている「平和・ともに生きよう」デモが実施されます。移動交通のことを始め、さまざまな声を持ち寄ってデモの形でともに現そうという、初めての全国統一行動です。交通権の事務局でもデモには参加の方向で話しがなされています。自由に主張を書いたプラカードを持って、参加しましょう。
★提案?新しい障害を持つ人のためのスポーツイベント誕生!電動車いすマラソン大会を北海道で実現しよう!車いすマラソン大会は各地でいくつも催されています。それなら電動車いすマラソン大会があってもいいのではないだろうか、というのが自然の流れというもの。それなら、第1回の電動車いすマラソン大会を北海道で開催しては。

ルールは、
1.電動車いすに乗る人ならば誰でも参加できる。
2.制限速度6キロメートル以下。
3.途中でバッテリーの交換所を設ける。
4.歩道の段差などの障害がある。電動車いすで、のどかに、しかしし烈なデ
  ッドヒートを繰り広げる光景に、観客は興奮すること間違いなし。そして
  電動車いすで使いづらい段差をチェックし、交通権もアピールすることに
  なのではないでしょうか??

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