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交通権を考える連絡協議会

会報第4号

(1993年11月発行)

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(1ページ)
よせられた60件の切実な願い
――大きな反響を呼んだ交通権110番――
交通権を考える連絡協議会事務局

 10月15日(土)、16日(日)にわたり交通権を考える連絡協議会主催の交通権110番が開催されました。NTT北梅道支社の協力を得て、札幌市NTTセミナーセンターに会場を設定しFAX兼用を含め、電話を3回線設置し、午前9時から牛後5時まで電話を受け付け、2日間で合せて60件近い相談が寄せられました。

 相談内容は交通環境全般に関わる要望から、具体的な苦情まで、広範囲にわたり、日頃利用する交通機関に関することが多くよせられ、仕事や日常生活のうえで移動に大きな困難があることがあらためて浮き彫りになりました。
 電話を寄せてくれた方のうち、肢体に障害を持つ人が半数以上を占めたが、視覚に障害を持つ人も14人と多かった。また内部障害の方からも4件の電話がよせられました。
 内容としてはバスについてが最も多く、段差が大きくてつかえないという苦情や、低床やリフトなど昇降の装置を設置して欲しいという要望、また車内、車外の案内をしてほしいという要望が多くよせられました。次いで道路や、タクシーなとについての相談が多く、たとえばタクシーについては「割引申込をするといやがられる」「タクシーチケットもつかえないと言われた」などチケットや割引制度の問題で問題点が多いことも明らかになりました。

 のべ25人のスタッフが交代で電話に応じたが、1件1件の相談の時間が長く、一人一人の方の相談が数多くの項目にわたり、要望、相談の項目数は電話件数の数倍にのぼりました。
 交通権の事務局員のなかからは、「運転手や家族といっしょに考えていくことがこれからはとても大切」「すぐに解決できない問題がおおいが率直な声がよせられてよかった」「相談を聞いているといっしょに腹が立ってくる」「視覚障害者の切実な間題が感じられた」などの感想があげられ事務局のメンバーとしても学ぶことが多かった取り組みとなりました。
 この電話相談の後で交通機関の対応に変化が見られたという話も聞かれ、少しでも役立つことができなたならばとてもうれしいと思っています。
 寄せられた要望を受けとめ、その実現のために次の活動と連携させていくことがこの相談活動を生かすために不可欠であり、次の署名活動や要望活動を企画しています。今回の交通権110番に協力をしてくださった方、相談を寄せてくださった皆様に感謝するとともに今後も活動にともに取り組んでくださるようお願いいたします。


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交通権の点検旅行が終わって
交通権を考える連絡協議会
会長 曽我 則明

旭川に到着。

「交通権を考える連絡協議会」が出来てから2年を迎えようとしている。発足来、いろいろな企画が実行され一応の成果が出て、地域の中から障害者の人々の交通についての熱い願いが出て来た。私はこの会の市民権を得るために強い力を持って進めて行きたい。
 この企画の一つで、旭川までの点検旅行が行われた。この時の感想を少し書いてみたい。

今日も晴れ男

 私は、会社で「晴れ男」で通っている。それは、様々な外出や旅行の時は、ほとんど晴れる事です。私が参加しないと雨が降る。年を重ねていくたびにその確率は大きくなる。
 この日も晴れた。私たち車イスを使用する者にとっては、天気に大きく左右されるのである。皆んなが札幌駅に集まって来た。それぞれスタイルで、私は場違いの背広を着て来たので反省した。
 汽車に乗るのはしばらくぶりで、何か素直に嬉しかった。私は駅の匂いが好きだ。それは鉄道員だった父を想い出すからだ。そしてそこには16名の顔があった。この旅行で何かを期待する面々であった。

JR組の旅立ち

 私はJR組で、3名で旭川に行く事になった。札幌駅は少年の頃より想い出が多かっただけに、その移り変った様相に目を見張る。8番ホームまで工レベーターが着いた。昔、0番ホームと1番ホームしか便えなく、階段を上下する。それは当たり前で普通だったのだ。その当時、私はそれがとれほど障害者の人々にとって大変な事だったことか、感していなかった。今、車イス生活になり実感している。
 汽車がホームに人って来る。駅員さんは今のところ普通である。三島さんの「写るんです」のカメラのシャッ夕−の音が聞こえる。真剣です。汽車に乗る所から車内の様子が着々と記録されて行く。車中から外を回し見る、晴天の田園地帯が続いていた。約1時間半、初めての旭用駅に着く。駅員さんの案内でホームのすみっこにある広いエレベーターに入る。薄暗い大きな扉が閉じた。駅員さんが言「これは荷物用なんだよ」何も言わなくていいのにと思っていたのに。「私達は荷物か!」と言いたい気持ちになった。まァいずれにせよ、それに乗り改札口に着く。

初めての旭川

 初めて見る旭川の駅前だった。私は電動車イスだったのであまり気にならなかったが、駅前のスロープー100mあまり続きその斜度は急で、手押しの車イスではかなり容易ではなかった。やがて定刻の時間、皆んなが集まって来た。旭川道新の記者が取材に来た。次の日の朝刊に、期待通りの内容で満足した。
 ホテルまで数十台の車イスか動く。市民の眼は何事かと見る。ガタガタ道路に揺られてホテルに着き、狭い部屋に落ち着いた。私は夕食までの間、タ闇の旭川街を一人歩いた。札幌にない衰愁を感じた。そして夕食の後は旭川を満喫した。
 次の日、また同じ道路で旭川駅に向かい、帰路につく。札幌駅で皆んなと「サヨナラ」をした。2日間ご苦労さん。私は交通権の点検旅行で多くの体験をした事を宝物にして、皆んなに分けて上げたい気持になった。


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「じもんけん」報告

第5回自立生活問題研究全国集会実行委員会
事務局長 西村 正樹

○卓越した運動
 〜自立生活運動とは、「あらゆる人間が平等であり、尊厳をもって生きる権利をもっており、それを社会が保障していく」という社会福祉の基本理念に立ち、その上に当事者主体を位置付けたものである。障害当事者にあふれる自信を取り戻させたこと、障害当事者自身の二ードから生まれたサービスの質の高さなどの点で、この運動は今までの福祉サービスにはない卓越したものであることを示してきた。
 本集会では、単なる現状批判から脱して、どのような制度やサービスを求めるかを議論するための思案を提示する。
 以上は、初日に提起した、この集会が今後進むべき方向を模索するテーマ主旨です。

○自立生活のパイオニア
 この基調提案のもと「第5回自立生活問題研究全国集会」は10月2日〜3日の2日間にわたり、札幌市立大通小学校をメイン会場に、全国各地から350余名の参加者を迎え、また、300余名のボランティアにささえられ開催することができました。
 そもそもこの自立生活問題研究全国集会とは、障害者の自立生活の理念と実践をより確かなものにするために、障害者、研究者、関係者との情報ネットワークの必要性からl989年東京で開催されたのがはじまりです。その後「障害者の自立生活に関する実践研究のパイオニア」として、大阪・東京・名古屋と開催されてきました。

○善意と情熱に支えられる
 こうしたながれを継承し、今回の集会では、前述の基調提起とともに1.障害者の権利侵害。2.自立生活への道程(みちのり)。3.実際の自立生活を支えるもの〜介助。4.自立生活センターの設立。5.自立生活運動と地域連帯。の5つの課題を分科会で議論し、全体ではパネルディスカッション「自立生活運動の展望」といったプログラムで進行しました。
 昨年秋、名古屋集会の最後に「次は、北海道で開催します」と挨拶をしてから1年後、多くの人たちの情熱と善意に支えられてこの集会は成功を収めることができました。
 今、事務局は実績報告書の11月発行に向け、最後の作業を進めているところです。この報告書を発行して私たちの自問研に係わるすべての業務が終了しますが、この集会が、北海道に新しい風を吹き込んでくれることを私たちは心から期待しています。



『旅行と札幌の街の移動・交通に関するアンケート』をみて
我妻 武

 去る10月2、3日の両日、札幌において第5回自立生活問題全国集会が行われ、多くの仲間が全国から集まったが、当連絡協議会では移動・交通に関するアンケートを取った。回答件数としては27件と参加者数を考えるど非常に少ないが、興味深い意見も寄せられていた。
 まず質問の1として住居、性別、年齢、障害名、使用している補装具などの属性について聞いている。
 住居に問しては、道内4人、道外23人。
 性別としては、男性10人、女牲17人。
 補装具の使用については、車椅子が9人、電動車椅子が4人、その他が14人。
 質問2では、会場まで来るのに利用した交通機関について聞いているが、ほとんどが色々な交通機関を乗り継いで来ていることがわかった。
 また質問3で、これら交通機関を利用して不満だったことについて聞きましたが、JRの車両の出入口の狭さと段差、車両内の狭さ、エレベーターの表示不備が上げらていたが、これらの回答は道外がら来られた方が多いので、恐らく道内のJR車両についての不満と思われる。
 航空機に関しては、機内まで自分の車椅子が使用できず大変だったという回答かあった。これに関して電動車椅子利用者はバッテリーの積み込みに手間取ったことや機内専用の車椅子は幅が狭く、肘あてが動くため不安という回答があった。
 以上、ほとんどがJRと航空機に関しての不満であった。
 質問の4で札幌の街の印象について聞いているが、とても良さそう、まいいかもしれない、ぶつうが22名と概ね好感を持ったよう。その理由としては車道も歩道も広いということが圧倒的に多かった。しかし、問題点として段差や歩道のでこぼこを指摘する人も何人かいた。
 質問6では自問研実行委員会の用意した移動・交通手段について聞いているが、これについても16名の方が良い、普通と好感を持って受け入れられた。その他については自分で移動しているため回答かなかったようだ。
 最後の質問7で「移動・交通アクセス」について考えていることとして聞いているが、まとめてみると「自由に、安く利用できる交通機関を」「リフトバスの導入、駅夕ーミナルのエレベーター設置など車椅子使用者が一人で歩けるような環境改善ということが多かった。
 こうしてアンケートの回答と他の自問研参加者の方々を思い浮かべると、予想外に車椅子使用者が多いことに驚いた。また双方とも殆どが不便な思いをしながらも公共交通機関を乗り継いで札幌まで来ている。やはり実際に利用してみて、その利便性と不便さを訴えるという大切さを感したということと、不便な一番に、やはりというか当然というか、JRが上げられていたことが印象に残った。とにかく少ない回答ではあったが、利用者の声が凝縮されているような感じがした。これらの意見を参考にしながら交通権を考える連絡協議会でも改めて誰もが利用しやすい交通機関の実現を訴えることの必要性を痛切した。


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人と人との心がふれ合った穂別町キャンプと体験農園
事務局員 水島 明

 今年、穂別町に障害者用バンガローが一度に3棟も完成したお陰様で、8月1日〜3日の2泊3日間、障害者18名とその家族、静修短大ほか学生・45名、レジャー・サービス連合(主催者)30名など100名近い人数の大キャンプが行なわれた。

 冷夏、冷夏といわれた今年、その3日間は素晴らしい天候に見守られ、町内の夏祭、パークゴルフ、流しソーメン、温泉入浴、釣り、キャンプファイヤー、そして決めては車椅子のまま野菜が収穫できる中澤体験農園と盛り沢山の企画に障害者も健常者も皆一つに溶け込んで、穂別町の夏を満喫したのでした。
 この企画の発想は、ある意味で障害者と健常者が共同生活をした場合に本当に障害となるものは何なのかを知る絶好の機会でしたし、又どういった点で問題が生じるのかを見極めるためにもよい試みだったと思われ、その結果として、人の中にある段差を取り除く事が出来れば、ノーマライゼーションの社会の実現はそれ程難しいものではない気もしますが、それには先ず互いに人として認め合う事が大変重要になってくるでしょう。
 今回は、出来得る限り障害者も食事を作ったり、手伝ったり、献立もその都度決め、全ての材料は現地調達するという事もあり、成り行きの面白さも加わった共同生活のたのしい場がそこにはありました。
 私個人の感想としては、天候に感謝し、ボランティア学生諸君やチアリーダーの素晴らしい演技に感謝し、又それらを全て企画されご尽力下さったレジャー・サービス連合様、静修短大の先生と穂別町の皆様に、この紙面を借りまして心の底から感謝申し上げる次第です。
 なお、今回のこの仲間から新たなる出発として、静修短大の越塚助教授を会長に『ゆうの会』と言う健常者と障害者で作るネットワーク作りのボランティア・グループが10月26日に結成した事をご報告申し上げ、終わりと致します。

ご入会については、水島明までご一報下さい。
(011−8l2−4680)


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経済大国ニッポン、福祉貧困国ニッポン
「今、なぜ福祉なのか」
岩見沢市在住会員 宮川 誠

 福祉活動と行政、我々障害者にとってこれは切っても切れない、永遠のテーマではなかろうか。巷では今、我々の手の届かぬ所で福祉切り捨ての策動が行われようとしている。
 PKO、小選挙区制、消費税率アップ、あげくの果てが政党助成等々・・・。

福祉と行政は不可欠
 このことは決して福祉行政とは無関係のものではないことを、我々は認識しなければならない。民主主義を根底からくつがえし、犠牲を強いられるのはいつの世も弱者だったという歴史的事実を、我々は今一度思い起こさなければならない時期に来ているのではなかろうか。
 自助努力は云うまでもなく、福祉行政に大いに依拠する我々障害者、いやこの際障害者も含めた、社会的に弱い立場に置かれた人達は福祉行政から見放された時、オーバーな表現ではあるが生命そのものの保障はないと思っているのは私一人であろうか。従って福祉の向上には行政を動かすことが不可欠であると断言できる。

ハイテクで技術開発を
 私の住む岩見沢市には音響信号機の交差点が何ヵ所かある。ご存知の様に視力障害著にとって音は「眼」である。その内の1ヵ所については、周辺住民の苦情で現在音がでないようにしてあるそうだ。「心無い周辺住民」だとは思わない。私は思う、現代のハイテクを駆使した兵器を造る技術をもってすれば、健常者の邪魔にならない機具の開発などいとも簡単では・・・。

多くの障害者に勇気と感動を
 近くに住む私の友人Yさんがいる。彼は脳性小児マヒ1種の1級で電動車イス使用の重度障害者である。昨年発足した「交通権を考える連絡協議会」に、これ又札幌に住む私の友人M君の案内によりYさんと共に人会した。今年、その協議会の総会があった(私は欠席)。Yさんは果敢に挑戦した。多くの人の手助けで一人で、公共の交通機関を利用して札幌で行われた総会に参加した。ご覧になった方もあろうかと思うが、道中の様子がテレビ放映された。多くの障害者に勇気と感動を与えた。私は思う。いつの日かこんな光景が日常茶飯事で、マスコミも取り上げなくなる日が来る事を・・・。

心の優しさが福祉の道へ
 私の息子、只今高校3年。さて来年は進学・就職、何れかの選択を彼は迫られている。その我が息子がある日「父さん、俺福祉の方へ進もうかな」と・・・。
 そのような気にさせるには、彼はあまりにも恵まれた環境に育ったことがひとつにはあげられる。
 岩見沢市志文町…ご存知の方も多いと思うが、この地域には授産施設・ワークショップ「緑成園」、特別養護老人ホーム「こぶし荘」、そして福祉工場と福祉施設の仲間と地域住民(ほとんどが健常者)がお互いを尊重しあいながら暮らしている地域であったこと、もうひとつには彼の心の優しさがその道に進むことを促したのかどうかは、定かではない。

違った角度から福祉を
 今や社会問題化している慢性的看護婦不足も含めて、福祉に携わる職業的身分の低さ、地位の不確立。ある雑誌によると西暦2000年には150万人の介護士が必要になるとまで言われている今日、遅々と進まぬ福祉行政の遅れに苛立ちすら覚える今日この頃である。
 「今、なぜ福祉なのかご確かに今日我が国に於いては最低限の生活をする保障はあるだろう。が、しかし、ちょっと違った角度からこの福祉というものを視て見る必要はないだろうか。
 労働意欲を奪われてはないだろうか(受け皿が極端に少ない)
 教育を受ける権利・選択の自由が奪われてはないだろうか。
 自由に出て歩く環境が整ってるだろうか等々・・・。
 又、もう少し角度を変えて視てみよう。
 我々自身に甘えの気持ちは無いだろうか(誰かが手を貸してくれるだろう)


 政治が保護してくれるだろう、見殺しにはしないだろう等の考えは無いだろうか。勿論このことは私自身への自問自答であることを付け加えておく。

権利は勝ち取るもの
 私は思う、権利は与えられるものではない、勝ち取るものである。と・・・。地味で気の遠くなるような日常的な活動の中で、一つひとつ勝ち取ることこそ障害者運動の原点だと…。忘れてはならない、そこには万人の支持が得られなければならないことは云うまでもない。
 最後に皆さんの御健勝と今後の御活躍をご期待申し上げると共に、私の駄文を一読下さった方々に感謝申し上げる次第である。

(小児マヒ・両手両足 42歳)
連絡先住所 岩見沢市4条東l丁目
(株)松栄堂山口印刷勤務



(6ページ)

新事務局員
石川祐治(東区)

 私が車椅子生活を始めたのは、昭和63年の春でした。今年で5年目になります。背損になって1、2年間は「絶対歩ける様になるんだ」と、自分自身で障害者になった事を認めるのが苦しくて、毎日悩んでいました。
 去年の春「障害者仲間でパーティーを開くから来ませんか」と夫婦で招待され、皆さんの明るい笑顔を見て心を動かされる思いがしました。そこで知り合ったのが、水島夫妻・高橋由和氏、色々な活動をしている事を知り、「交通権を考える連絡協議会」が発足するという事を聞き、自分でも何か出来るのではないかと思い、はじめは憶劫だと思いながらながらも参加し、考えが変わりました。
 色々な人との出会い、友達の輸が広がったのです。今では積極的に参加するようになり、障害者である自分達が進んで取り組んで行かなければならない、と強く思うようになりました。今後もっと会員を増やし、障害者の中心となり、皆んなを引っ張って行ける様頑張りたいと思います。

《1種l級第10脊椎損傷 47才》




「協議会」に参加して
戸川 雅詞(西区)

 私は49才のトラック運転手です。この「交通権を考える連絡協議会」に参加したのは、新聞で設立準備会の開催予告記事をよんだからです。
 設立準備会発会式、新干歳空港ターミナルビル見学会、第2回総会と参加して来ました。その都度、テープレコーダーで録音し、その要約をパソコン通信でネットに公開して少しでも「交通権」に対する認識を広めたいと考えて来ました。
 私がこの活動に参加したのは、私自身の為であり、他人の為にではないのです。一つには自己満足、もう一つは、少しでも交通環境が良くなれば、私の老後の為にもなる。という考えからです。
 私の能力不足と、時間の制約もあって十分な戦力とはいえないでしょうが、今後ともこの「交通権」のPRに、縁の下の力持ちになれたらと思っています。



事務局だより

 8月31日
   交通権110番でNTT北海道支社に協力要請で訪問(宮下・高橋)
 9月 l日
   事務局3役会議 丘珠勤医協
   ・点検旅行の最終確認  9月2l日
   事務局員会議 かでる2.7
   ・交通権110番要校綱内容の検討と記者会見日時及ぴ役割分担など
10月 7日
   事務局員会議 かでる2.7
   ・チラシ・ポスター配布状況、質問内容と対応の確認。
   ・当日の参加状況及ぴ役割の再認、NTTセミナー下見についてなど。
11月 6日
   事務局員会議 かでる2.7
   ・交通権110番の反省と結果報告、相談内容の処理、要望書内容のま
    とめ及び忘年会について
11月16日
   事務局2役会議 高橋宅
   ・相談項目の要望書作成について
   次回、事務局会議はl2月4目(土)かでる2・7ボランティアルーム
   15時から

 交通権110番が皆さんの協力で大きな成果が得られ、50数件の障害著の切実な声が寄せられました。私たちはこの声を貴重な財産と考え、これら一つ一つの問題を解決することが交通権の運動だと考えております。この他に相談がありましたら、事務局 TEL0l23−33−l840まで電話下さい。



忘年会のお知らせ

 今年も、下記の通り忘年会を行ないます。
 いろいろと忙しいと思いますが、みんなと楽しく、飲んで
食べて騒ぎましょう!

日  時 12月4日(土)P‐M6:00〜
場  所 ホテルサンルートニュー札幌藻岩の間(2F)
     札幌市中央区南2条西6丁目
     TEL 251−2511
     FAX 251−2513
     障害者用トイレあり(1F)
     ふかふか絨毯の専用宿泊室あり。ロープウェイ、
     リフト完備?
会  費 5,000円
申し込み 事務局 宮下 高 
     TEL&FAX(0123)33−1840
締め切り 11月末日



『編集後記』

☆この頃、教育関係がいろいろ騒がしくなってます。
道の特殊学級に本道で初めて、聴覚障害の女性が合格したり。
和歌山県では、車椅子の女性が小学校教員に合格したりと、教育の面でも障害を乗り越えて、自分の夢を少しづ津掴めるようになってきました。

☆けれども、反対に普通学級で勉強する、したいと、言う夢をつぶされたり。
何故、義務教育でありながら、差別されるのでしょうか?公共の建物であるならば、すべての人が、学生が普通に勉強出来るはずです。それなのに、まだまだ理解してもらえない面もあります。

☆障害を持っている人達、持っていない人達と、一緒に上手に生活していける世の中になるよう、少しづつ努力をして、安心して暮せるようにしたいと思います。


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